慢性咳嗽の問診~検査~診断的治療
慢性咳嗽では問診が重要な事に異論は無いと思われる。
問診を行うにもある程度鑑別疾患を想定しておく必要がある。
報告によって違いはあるが、慢性咳嗽の診断において頻度の多い疾患は、
・咳喘息/気管支喘息
・アトピー咳嗽
・後鼻漏症候群
(もしくは、上気道咳症候群 UACS)
・副鼻腔気管支症候群 (SBS)
・逆流性性食道炎 (GERD)
・感冒後咳嗽
・COPD
・薬剤性 (ACE-I)
が挙げられる。
頻度の軸では無く、must rule outすべき疾患としては、
・肺癌
・肺結核
が挙げられる。
各種ガイドラインで示されているが、上記疾患のrule outのため慢性咳嗽患者には最初に胸部レントゲンでの精査が許容されている。
Eur Respir J 2020; 55: 1901136
個人的には遷延性咳嗽(3~8週の咳嗽)、慢性咳嗽(8週以上)の患者では、まずはオープンに患者の訴えを聞く様にしている。その話の中で
・アレルギー要素あり (喘息 or アトピー咳嗽/喉頭アレルギー)
・後鼻漏要素あり (副鼻腔気管支症候群、慢性副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎など)
・逆流性食道炎らしさあり
・慢性気管支炎らしさ (気管支拡張症、喫煙関連、非結核性抗酸菌症)
・心因性らしさあり
といった大まかな分類を想定して、特異的なクローズクエションに移っていく様にしている。
もちろん薬剤(ACE-I)の内服有無は必ず確認する。
・喫煙歴
・全身症状 (微熱、寝汗、体重減少)
・血痰/喀血
・安静時の呼吸困難有無
・嗄声
があるかどうかは注意して確認する。
鑑別疾患と特異的な病歴の対応を以下に示す。鑑別疾患を「大きな咳」という意味と常に薬剤は考慮しておくといった意味をこめて、GIAANT C+D という語呂合わせを作ってみた。
上記図の鑑別疾患リストでは「肺癌」、「間質性肺炎」が入っていない。なので、あくまでも胸部レントゲンで大まかな器質的疾患を除外する事が前提になっている。
問診票が慢性咳嗽の鑑別に有用かどうかを検討した報告がある。
(Allergology International. 2012;61:123-132)
喘息性要素がある慢性咳嗽の患者は非喘息患者に比べて「冷気」、「疲労/ストレス」での咳嗽誘発が多く、逆流性食道炎の患者では「香辛料」、「食事」での咳嗽誘発が多かった。
また、「花粉」、「ペットとの接触」で咳嗽が誘発される患者はatopic factor (IgE上昇、末梢血好酸球上昇)との関連があったとの事であった。
季節性の変動に関しても喘息性の咳嗽との関連があったとの事であった。
慢性咳嗽の診療アルゴリズムの例を示す。
CHEST 2018; 153(1):196-209
このアルゴリズムでもあるが、個人的にも慢性咳嗽でまず行う検査は、
・胸部レントゲン
・呼吸機能検査
・アレルギー評価(血液検査:VIEW 39-RAST、FeNOなど)
にしている。
胸部レントゲンは先述したが、呼吸機能検査も重要な項目である。
もちろん可能ならばERSのガイドラインで示されていた通りFeNOも測定すべきと思われる。
日本のガイドラインではFeNo:34ppm以上を優位としている事が多い。
呼吸機能検査では見るべき最も重要なところはFV(フローボリュームカーブ)である。
FVカーブの下降脚が下に凸の場合には、末梢気道閉塞を示唆する所見となり、喘息やCOPDを示唆する所見となる。
もちろん気管支喘息か咳喘息を鑑別するために、1秒率は有用となる。
1秒率:70%以下であれば閉塞性換気障害になり気管支喘息の可能性が高くなる。
ある程度の診断が絞れば経験的治療に移り、治療効果から診断を絞る事も重要にはなる。
例えば鑑別に苦慮する疾患として咳喘息とアトピー咳嗽がある。
同じような症状で共にアレルギー素因がある事が多いので症状がover lapする。
実際疾患概念もover lapしており欧米では両者の区別をせず非喘息性好酸球性気管支炎(non-asthmaticeosinophilicbronchitis)としてまとめてしまっている。
ただ教科書的には、
・気管支喘息 ⇒ 気管支拡張薬が有効
・アトピー咳嗽 ⇒ 気管支拡張薬が無効、抗ヒスタミン薬が有効とされている。
なので上記疾患2つを想定した時には短時間作用型β2刺激薬を処方し、咳嗽時に頓用で吸入する様に指導して効果を確認する事で両者が鑑別出来る事もある。
最初にICS/LABAを処方したり、ロイコトリエン拮抗薬に加えて抗ヒスタミン薬も処方したりすると、両者ともに有効なためにどちらの要素が強いか推定する事が困難になる事もある。
経験的治療の他の例としては、
GERD s/o ⇒ PPI処方
後鼻漏症候群 s/o ⇒ 抗ヒスタミン薬、点鼻ステロイド、少量マクロラド処方
がある。
呼吸器診断学 その2
前回診断学総論といった感じでしたが、今回からは”呼吸器”っぽい事をしていこうと思います。そもそも、この記事を書いていこうと思い立ったのは、呼吸器内科医としてよく相談されるケースに関して事前に答えを用意できる様にしておきたかったという事もあります。
以下、呼吸器内科に相談されやすい事リストです。(完全に私見ではありますが)
・胸部レントゲン or 胸部CTでの腫瘤陰影
・治らない肺炎
・両方の肺が真っ白
・片側優位の胸水
・術前呼吸機能が悪い
・慢性咳嗽
・血痰/喀血
・労作時呼吸困難が悪化している
・睡眠時無呼吸疑い
が挙げられます。勿論もっとあるかも知れませんが一つずつやっていこうと思います。
「胸部レントゲン or 胸部CTでの腫瘤陰影」
呼吸器内科医にはよくあるコンサルトと思います。
肺癌が疑わしい場合が多いですが、腫瘤陰影をどの様に診断していくでしょうか。
まずは、胸部CT所見から鑑別となる疾患を想起する事です。
腫瘤性病変の鑑別する上で大事なSQ(semantic qualifier)は、「単発性 vs 多発性」、「境界明瞭 vs 境界不明瞭」、「充実性 vs すりガラス vs 部分充実性」、「halo sign、reversed halo sign」
SQという感じではないですが、大事なワードとしては、スピキュラ、内部石灰化、空洞陰影などがあると思います。
単発性の肺結節の鑑別をマインドマップでまとめてみました。
こういう風に眺めると、大きく分けると「肺癌」「結核」「真菌症」「その他」と言った感じになるのではないでしょうか。
CT検診ガイドラインでは、原則腫瘤径が1cmを超える場合は確定診断を行う必要があります。
確定診断の方法には、主に下記3つがあります。
① 気管支鏡検査
② CTガイド下肺生検
③ 手術生検
それぞれの特徴をまとめてみました。
次に多発結節に関してですが、それは次回以降まとめていきます。
TAPOs (Transient Asymptomatic Pulmonary Opacities)
知らなかった概念であり勉強しました。
Osimertinib最適使用ガイドラインでは間質性肺炎の発症率は6.8%と言われています。
下記に示す論文では間質性肺炎(ILD)の発症率は1~3%とされています。
ただ、ILDではなくTKI治療中に一時的に陰影が生じる現象があり、TAPOs (Transient Asymptomatic Pulmonary Opacities) と言われてみていです。
無症状で、限局的で、一時的に陰影が出て消失する事が特徴との事です。
韓国の研究で74人のT790M陽性肺腺癌でTKIでの1次治療に失敗して、2次治療としてOsimertinibを使用した患者が対象です。
その中で15人(20.3%)にTAPOSが見つかったとの事で、それなりに頻度であるみたいです。
TAPOsが生じるまでの中央値は24週(1~72週)で、TAPOSが持続する期間の中央値は6週間(5~24週)。
TAPOsの典型的なパターンはOPパターンとの事です。
TAPOsの画像パターン別の結果は、
COP(cryptogenic organizing pneumonia) 11例 (50%)
SEP(simple eosinophilic pneumonia) 10例 (45%)
nodular 1例 (4.5%)
mixed (COP+SEP) 4例 (26.7%)
さらに、優位差は無かったもののTAPOsがあった方が治療効果が良好であったというのです。
TAPOsあり。PFS:22ヶ月
TAPOsなし。PFS:15ヶ月 (P=0.293)
TAPOsあり。OS:37ヶ月
TAPOsなし。OS:24ヶ月 (P=0.059)
症例数が少ないので鵜呑みには出来ないかもしれませんね。
TKI使用中に軽微の陰影が生じたとしても、すぐに肺障害と考えずにTAPOsを考慮して無症状ならば、慎重に経過観察しながら、TKIを継続しても良いかもしれません。
Journal of Thoracic Oncology Vol. 13 No. 8: 1106-1112
SMARCA4欠損腫瘍
SMARCA4 欠損腫瘍(SMARCA4-deficient thoracic sarcoma)をご存じでしょうか。
2015年にLe Loarer らにより初めて報告された(Nat Genet 2015;47:1200-05)比較的新しい疾患概念です。SMARCA4はSWI/SNF複合体のサブユニットの1つであるBRG1蛋白をコードする遺伝子でこの不活化により癌化を起こすと言われています。SWI/SNF複合体は約15個のサブユニットから構成される蛋白複合体で癌抑制遺伝子の一つと考えられているみたいです。
稀な腫瘍と言われていますが、その臨床像は比較的特徴的です。
・喫煙歴がある
・若年発症 年齢27~82歳、中央値39歳
・男性に多い
・気腫肺を有する
・縦隔側・肺門部から発生する
・病理所見では未分化成分が多くシート状に配列する
Modern Pathology (2017) 30, 797–809
生存期間の中央値は 7 カ月と予後不良とされています。
有効な化学療法は明確ではありません。
鑑別としては、小細胞肺癌や悪性リンパ腫があるかと思われます。
小細胞肺癌の様な臨床像の割に発症が若年で男性の場合はSMARCA4DTSを想起する必要があるかもしれません。
Covid19感染後のrebound現象
最近では少なくなりましたが、第4波の頃はCovid19への標準的な治療後に再増悪するケースが散見されました。
この事象を表す共通した医学用語は定かではありませんが、聖路加病院からの報告があり紹介させて頂きます。
Steroid resistance and rebound phenomena in patients with COVID-19
Respiratory investigation 59 (2021) 608-613.
2020年6月1日から2021年1月17日までに聖路加に入院したCovid19患者のうちステロイド治療をされた18歳以上の患者の後方視的研究。間質性肺炎、HIV感染症、ステロイドの入院前からの使用、転院して追跡出来ない患者、Covid19既往は除外した113人が対象です。
治療成功群、再増悪群、難治性群に分けて検討しています。
どの様に上記3群を定義しているかで、以下の seven-point ordinal scaleを使用しています。
1 死亡
2 気管挿管での人工呼吸もしくはECMO使用
3 NPPVもしくはネーザルハイフロー使用
4 酸素投与を必要とする
5 酸素を必要としないが医療的な処置を要する(入院)
6 酸素も必要とせず医療的な処置も要しない(入院)
7 入院を必要としない
治療成功群は、初期のステロイド治療に反応して、再増悪無く退院した症例
再増悪群は以下として定義
1、初期のステロイド治療に反応
2、ステロイドの減量もしくは終了1週間以内に、seven-point ordinal scaleが少なくとも1点以上の悪化
3、後方視的な検討で感染症が除外されている
難治性群は初期のステロイド治療に反応せず、seven-point ordinal scaleで少なくとも1点以上の悪化している症例と定義されていました。
113人の中で、
83人(73.5%)が治療成功群
9人(8%)が再増悪群
21人(18.6%)が難治性群
でした。
治療成功群では、症状発現からステロイド開始までの中央値が7日間で、終了が15日間であったとの事でしたが、再増悪群では症状発現からステロイド開始までの中央値が5日間であり、再増悪群の方がステロイド開始までの期間が短かったとの事です。
再増悪までの中央値が12日で、ステロイド終了後から20日立っての再増悪は無かったとの事でした。
自経例でも、ステロイド終了後から3~5日程度で再増悪するケースが多く、肺炎が広範囲に及んでいた症例が多かった気もします。
上記の報告では、治療に関して治療成功群ではトシリズマブの使用率が2.4%で難治性群では9.5%であったのに対して、再増悪群では0%でした。
自経例でもJAK阻害薬もしくはトシリズマブを使用していた症例では再増悪のケースは無く、JAK阻害薬やトシリズマブの不使用も再増悪のリスクかもしれません。
第4波ではこういった症例は散見されましたが、5波では少なくなっています。これもワクチン接種率の向上や治療選択肢の増加も要因としてあるかもしれないと思っています。
左腋窩リンパ節腫脹の原因は、、、
知っている人は知っているのでしょうか?
この前経験した症例を振り返りさせて頂きます。
個人情報はぼかして、説明します。
高齢女性で肺に基礎疾患があり、1年に1回胸部CTを撮影している患者です。何十年前に左乳癌で手術加療された既往があります。
1年振りにCT撮影して来院されました。
1年前と今年のCTを示します。画質が悪いのはご愛敬という事で、、、
左腋窩リンパ節が腫れているかと思われます。
以前からクリニカルパール的に
「乳癌は何十年前の加療歴であっても再発する事がある!」と教えられてきたので、
すわっ、これは再発に違いない!と思い、乳腺外科に紹介しました。
紹介したものの、自分が聞きそびれていた大事な病歴を乳腺外科の先生が聞いてくれました。
それは、、、
「1週間前に2回目のCovid19のワクチンを左上腕に打った」
という事でした。
念のため、乳腺外科で腋窩のリンパ節をFNAで肺生検してもらいましたが、悪性所見はありませんでした。
Covid19ワクチンによる反応性リンパ節腫脹と考えています。
モデルナ製のワクチンの有効性を報告したNEJMの論文(n engl j med 384;5 nejm.org February 4, 2021)では有害事象のところで、少ないながらリンパ節腫脹がありました。(1.1%の報告)
in pressですが、コロナワクチン後のリンパ節腫脹の報告があり、そこでは、ワクチン接種後2~4日で出現して、1~10日程度腫脹が続くとの事でした。
リスクに応じて、6週間以内でのエコーでのフォローアップや生検など考慮と書いてはいました。基本は経過観察を勧めています。
(Anton S. Becker et al. Radiology:Multidisciplinary Recommendations Regarding Post-Vaccine Adenopathy and Radiologicimaging: Radiology Scientific Expert Panel)
Imaging: Radiology Scientific Expert Panel)
以上小ネタでした。
Long covid-19 (Covid19の後遺症)に関して
NHKのニュースでも取り上げられていましたが、コロナ後遺症に関してあまり知識が無く、読んでみました。
https://doi.org/10.1038/s41591-021-01433-3
ニュージャージー州バーゲン(Bergen) の312人コロナ患者(入院:65人、自宅隔離:247人)を6ヶ月症状を追跡した報告。
以下 要約より
61%の患者が6ヶ月時点で何らかの症状あり。
コロナに罹患した時の重症度や抗体価の上昇、罹患前からの慢性肺疾患が、症状と関連していた。
16~30歳の若年で自宅隔離していた患者に関しても6ヶ月時点で52%に症状があった。
味覚もしくは嗅覚低下:28%
倦怠感:21%
呼吸困難感:13%
集中力が維持出来ない:13%
記憶障害:11%
この研究では軽症コロナ患者で、若年で、自宅隔離の患者ほどLong covid-19のリスクになるとの事。
以下本文や図から抜粋
患者の組み入れ
入院患者は81%、自宅隔離患者は89%、濃厚接触で後日抗体上昇して感染が判明した患者の61%はフォロー出来ていた。
患者背景
全体的には0~15歳の患者は少ないが(16%)、その他の世代には大きな差は無い。
0~15歳 16%
16~30歳 21%
31~45歳 22%
46~60歳 29%
61歳以上 23%
年齢の中央値は46歳
男女比はほぼなし。男:女=49:51
若年者では自宅隔離が多く、高齢者では入院の割合が多い。
併存疾患は入院患者の方が多い傾向がある。
何らかの併存疾患がある割合
入院患者:69%
自宅隔離:37%
最も多い併存疾患は慢性呼吸疾患(COPD or Athma ) 12%
61%の患者に何らかの症状が6ヶ月以上つづいた。
最も多い症状は倦怠感
倦怠感:37%
集中力が維持出来ない:26%
味覚もしくは嗅覚障害:25%
記憶の問題:24%
呼吸困難:21%
最初の重症度や2ヶ月時点での抗体価の上昇が症状の遷延に関連していた。
簡単ではありますが、まとめです。
今後はLong Covid-19とワクチンの関係や、Long Covid-19の治療などが焦点となるのでしょうか。