奈良の呼吸器内科医ブログ(仮)

呼吸器内科です。臨床に役立つ情報の共有を目指します。

呼吸器診断学

論文紹介も良いのですが、中々続かないので自分の興味がある事を紹介して参りたいと思います。

 

”呼吸器診断学

に関して自分が考える事を紹介して参ります。

 

診断のオプション

 ・仮説演繹法

 ・Semantic Qualifier (SQ) 

 ・illness script  (疾患の典型例)

 ・徹底的検討法 

  - vindicate-P 

  - anatomy 

 ・ Pivot and Cluster Strategy(PCS) :ピボットクラスター戦略

 ・アルゴリズム

 ・パターン認識(snap shot diagnosis ) 

 ・ Rule out worst-case scenario 法 

などがあります。

 

 

仮説演繹法に関しては聞き慣れない方もいるかと思い解説していきます。

仮説演繹法とは、帰納法によって仮説を作り、それを演繹法によって検証可能な予測にし、仮説を検証する手法です。

 

これだけでも言ってもよくわからないと思います。

例えば、「1時間前からの胸痛」、「左肩に痛みが放散する」、「喫煙歴あり」、「既往歴に糖尿病、高血圧」などの情報から、”心筋梗塞”という仮説を設定する。このプロセスの事を帰納法と言います。さらに”心筋梗塞”という仮説を元にして「心電図でST上昇」という予測を立て、実際に心電図を測定する事で検証するこのプロセスを演繹法と言います。合わせて仮説演繹法です。かっこいい言い方ですが、実は診断の過程で医師が自然と行っている事と思います。

 

もちろん仮説を元にして検査の予測を立てたものの、その予測が外れる事もあります。その場合は、再度情報を収集して新たな仮説を設定して、検証いていく事に戻ります。

 

例えば、

特に既往の無い50歳台の女性が、5日前頃からの右下腹部痛を生じて救急外来を受診したとしましょう。疼痛の移動は無く、先行する食思不振も無かったとしましょう。

ただ発熱があり、診察では右下腹部に圧痛がありました。

あなたは上記の情報から、”急性虫垂炎”という仮説を設定し、その仮説を立証するために腹部CTを撮影して、その結果虫垂の腫大など虫垂炎の所見がある事を予測したとします。

しかし、腹部CTでは虫垂腫大が無かったとしましょう。その場合は提示した仮説が棄却された事になり新たな仮説を設定する必要が出来ます。

 

振り返ると、虫垂炎にしては典型的なプレゼンテーションでは無く、5日前からと少し長めの病歴である事に気づくかもしれません。

虫垂炎と鑑別を要する疾患で、”憩室炎”を想起するかもしれません。

そこで改めてCTを確認すると、憩室炎の所見があり診断に至れたという事もあるかもしれません。

 

仮説演繹法の良い所は、何度でも仮説を設定して検証出来る事です。ただ、最初の仮説設定を間違えると、正しい診断に至る事が難しくなるかもしれません。 

 

ポイントは、様々な情報から確からしい仮説を設定するという所です。別の言い方をすると「事前確率」と言えるかもしれません。

 

事前確率を無視すれば、例え優れた検査でも意味をなしません。事前確率が低い疾患を想起して、それを検証する検査を行って陽性であっても事後確率は高く無く、(これをベイズの定理で説明可能です)、出てきた結果に振り回されてしまいます。

こういった事象を「ユリシーズ症候群」と言うそうです。

ユリシーズ症候群にならない様に気をつけなければなりません。

 

この仮説設定をより洗練して行う手段が、

Semantic Qualifier (SQ) です。

直訳すると、「意味のある修飾詞」

これは元々二項対立の概念からきたものらしく、黒⇔白、正義⇔悪、大きい⇔小さいといった相反する概念を修飾語に用いる事です。

医学に当てはめると、急性⇔慢性、間欠的⇔持続的、初発⇔再発性などという変換ワードが出てきます。

以下は例です。

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「胸痛の鑑別を挙げて下さい」というと、鑑別が多すぎて、意味の無い質問になります。そこでSQを使い、病歴をまとめる事で、鑑別すべき疾患が絞られます。

具体例を挙げて説明します。以下架空の症例です。

 

「55歳男性。職業は長距離トラックドラーバーで、独身。食生活は外食が多く、塩分や油分など特に気にしていない。以前から検診で高血圧を指摘されていたが放置していた。喫煙は30本/dayを35年間で現在も継続している。心疾患の家族歴はなし。

以前から胸痛を自覚する事はあったが、短時間で治まるので放置していた。来院数時間前に安静時で前胸部痛が出現し、左下の奥歯が浮く様な痛みも伴った。胸痛が続く事から救急外来を受診した。」

 

如何でしょうか。急性心筋梗塞の典型的なプレゼンテーションを用意しました。

この病歴をSQを用いて要約していきます。「55歳男性。職業は長距離トラックドラーバーで、独身。食生活は外食が多く、塩分や油分など特に気にしていない。」はどの様な変換ワードにしましょうか。50歳でも60歳でも鑑別に大きな影響は無いと思います。55歳というのを「壮年期」という一言にまとめられます。トラック運転手である事も鑑別に大きく関わるかというと、そうでも無いかもしれません。思い切ってまとめると、「心血管リスクを有する壮年期男性」になります。この文言で喫煙歴の事も含められます。

「以前から胸痛を自覚する事はあったが、短時間で治まるので放置していた。」

この病歴は狭心症を示唆します。心筋梗塞を想起するために重要です。「前駆症状あり」とまとめられるかもしれません。

 

「左下の奥歯が浮く様な痛みも伴った。」

これは、放散痛ありという事になります。

 

上記SQを意識した病歴要約をすると、、、

「心血管リスクを有する壮年期男性で、前駆症状と放散痛を有する急性発症の前胸部の持続痛」

となります。

 

「胸痛」の鑑別では何が何だかわかりませんが、上の様にまとめられると、「急性心筋梗塞」という診断仮説が容易に出てきます。

 

個人的にはSQのイメージは「分断」です。

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複数の診断仮説を同時に異なった検査などで検討していく事も想定されます。

その場合、正しい診断に導くために重要となるのが、「illness script] 病気の典型例でです。

設定された診断仮説の「illness script」と実際の症例を照らし合わせて、「合う点」、「合わない点」を比較検討します。

比較していく過程で、より確からしい診断仮説を選択して詳細に検証していく事が可能です。

普段から様々な疾患の「illness script」を貯めておく事が診断学には重要な事と思います。

 

熟練した内科医であればあるほど、その人が持つ「illness script」の数が多く、さらに洗練されている様に思います。

 

最後にPivot and Cluster Strategy(PCS) :ピボットクラスター戦略について触れたいと思います。これは獨協医大総合診療科の清水太郎先生が提唱している方法です。

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虫垂炎という疾患の典型例は、「急性発症の右下腹部痛」になると思います。ただ、このまとめでは、急性虫垂炎以外も鑑別に入ってきます。例えば、憩室炎、閉鎖孔ヘルニア、メッケル憩室炎、腹膜垂炎、回盲部炎(キャンピロ、エルシニアなど)、悪性リンパ腫、腸結核などです。

なので、「虫垂炎」という疾患仮説を挙げた時点で、臓器に関わらず同様のプレゼンテーションを起こす疾患を想起する事で、鑑別の漏れを無くそうという概念と理解しています。

 

個人的にはPCSが相応しい疾患とそうで無い疾患がある様に思っています。

PCSが有用な有名な疾患は「PMR:リウマチ性多発筋痛症」です。PMRは除外診断であるし、鑑別も以外と多岐に及ぶので、このPCSを利用するのは理にかなっていると思います。

 

呼吸器内科的にもPCSが有用な疾患概念はあります。

例えば、「気管支喘息」です。気管支喘息を想起した時点で、心不全を除外すべきと思います。また気管支結核や再発性多発軟骨炎、EDACなども喘息に間違えられるケースがあります。喘息が先行する疾患として、EGPA(旧チャーグストラウス症候群)、ABPA(アレルギー性気管支アレルギー症)もあります。もちろんCOPDの合併(ACO)もあり得ます。

他にもIgG4関連疾患、多中心性キャッスルマン病、TAFRO症候群、POEMS症候群は同一カテゴリーになると思います。